思う、ということ

私はよく「どう思う?」と聞きます。大人になればなるほど考えることにスイッチが入りがちですが、仕事でも日常でもまず「思う」ことが大事だということに気付きます。下書き、乱文ままですが、気付きになれば幸いです。

2021/10/23 10:14

料理研究家の土井善晴氏は、調味料の分量をこう伝える。

「お醤油、これにかけておいしいと “思う” 量を...」

ここで「それは何 ml ですか?」となる人は

「思う」ことを飛ばして「考えて」いる。


考えるばかりでは頭でっかちになりがち。

情報過多は「考え過多」になって「思う」ことを忘れてしまう。

戦略を立てるには考えるのではなくまず「思うこと」から始める。

理論で議論はできない。思いがぶつかり、思いやることで結論に導く。


もし過って人を傷つけてしまったら。

「なんてことをやってしまったんだ」と深い反省と後悔、腹の中から湧き上がって来る申し訳なさ。これが「思う」というものの形だろう。

「思う」というのは、頭で考えるのではなく、見たこと・聞いたことを一度、腹の中に落とすこと。

「相手の立場を考えなさい」というけれど、これも「考える」のではなく「思う」こと。

これをしたら、相手はどう思うんだろうと思ってみる。


目標をまず決めよう、というが、五輪選手は金メダルを取ることを最初から目標にしていないという。

自分の演技をより最高のものにしたいと思う、

世界一の記録を残すのではなく、明日は今日の自分を超えたいと思う、

まだまだやれると思う、そこから結果が出る。

思いの強さがそのまま力になる。


この時、これを使ったとき、その人はどう思うんだろう。

設計するときに、いつもそう思う。

仕事するときに、いつもそう思う。

相手の状況が知りたい。「どう思う?」とたずねてみる。

そこから正直な会話が始まる。


自分でまず思うこと。

そして「私はこう思う」と言う。

Kazuki Yamashita
株式会社インパス インフォメーションアーキテクト、デザイナー
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